大判例

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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1026号 判決

控訴人

亡古村長一相続財産

右代表者相続財産管理人

夏目文夫

被控訴人

住友生命保険相互会社

右代表者代表取締役

千代賢治

右訴訟代理人弁護士

川木一正

松村和宣

長野元貞

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一五〇〇万円およびこれに対する昭和五七年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文第一ないし第三項と同旨の判決並びに第二項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

左記のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏三行目の「原告」を「夏目文夫」と同三枚目裏五行目及び同四枚目表二行目、三行目の各「相続により承継」をそれぞれ「原始取得」と同表一二行目の「原告」を「控訴人の相続財産管理人」と各訂正し、同五枚目表五行目の「原告の主張」を「請求原因事実」と訂正する。

二  同六枚目裏九行目の次に次の語句を加え、同一〇行目から同七枚目三行目までを削除する。

「(五) 保険金受取人が保険事故発生前に死亡した場合には保険金を受け取るべきものがなくなるため、商法第六七六条一項において、保険契約者に保険金受取人の再指定権を与え、更に再指定権を行使しないで保険契約者が死亡した場合の保険金受取人を法定指定したのが商法第六七六条二項である。同条の趣旨をこのように解すると、同条二項にいう相続人とは保険金受取人の相続人若しくは順次の相続人であって、保険契約者兼被保険者の死亡当時生存する相続人を意味すると解釈するのが相当である。

約款第二六条は、右商法第六七六条の基本構造に沿って規定されており、特に約款第二六条二項は、商法第六七六条二項の趣旨を変更して作成されたものでなく、同条項の趣旨に則り、更に解釈上疑いのある箇所につき明確化を図って規定されたのである。

すなわち、商法第六七六条二項の「保険金額ヲ受ケトルヘキ者ノ相続人」の判定時期について、保険金受取人自身の死亡した時を標準とするのか、それとも指定権者の死亡した時とするのかの争いがあり、それが大審院大正一一年二月七日の判例によって明確化されたので、右判例の趣旨に則り、これを明確にするため、「その死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人」と規定したのが約款第二六条二項である。

したがって、約款第二六条二項の解釈に当たっては、「保険事故発生時に生存する相続人」の文言を補充してなされるべきである。

(六) 仮に約款第二六条二項が保険金受取人死亡時に保険金受取人変更の効果が生ずる旨定めたものと解釈されるとするなら、右条項により、保険金受取人初子死亡時に保険金受取人は初子の相続人である長一及び二人の子に変更されたことになるが、更に長一死亡の時点において右条項が再度適用される結果、保険金受取人は、結局長一の相続人である忠一及び永一に変更されることになる。」

三  同七枚目表三行目の次に次の語句を加える。

「(三) 控訴人主張の如く、約款第二六条二項をもって保険金受取人の死亡時に直ちにその法定相続人に受取人が変更されたものとみなされ、更に契約者兼被保険者の、保険金に対する持分を認めて、これを相続財産とするならば、本来保険契約者が意図したところの、自己の被扶養者その他同人と特殊な関係にある者への補償の趣旨が減殺されるが、このような解釈は、保険事故発生時以後における生存遺族の生活補償という、他人のためにする生命保険制度の趣旨に背馳するものであり許されない。」

四  同七枚目表七行目の次に次の語句を加える。

「四 被控訴人の主張に対する控訴人の反論

被控訴人は、商法第六七六条二項が保険金受取人の相続人であって保険契約者死亡のときに生存する者をもって受取人とし、右相続人が保険金を原始取得する旨定めたもので本件約款第二六条二項も右と同趣旨に出たものであるとの解釈に基づき、被相続人の子二人が本件保険金受取人の地位を原始取得した旨主張するけれども、右の主張は、以下のとおり誤りである。すなわち、

1  約款第二六条二項は、保険金受取人の欠缺が生じたときに関し、商法第六七六条二項と異なり、「その死亡した保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとする。」旨明定しているから、右法条に優先して適用される関係にある。

2  長一は、昭和五七年八月二四日初子の死亡により、子二人と共に各三分の一の保険金受取人としての地位を取得し、本件生命保険契約は、右の限度で自己のためにする生命保険契約となった。

ところで約款第二六条四項には「保険契約者が死亡したときは、その死亡した保険契約者の死亡時の法定相続人が保険契約上の一切の権利義務を承継するものとします。」と規定されているから、控訴人は、右約款の条項に基づき、長一の子二人とともに、被相続人の死亡により右受取人の地位を相続により承継した。

3  被控訴人は、約款第二六条二項を、初子死亡時に適用した後、被相続人死亡時にも、いわゆる「二段階適用」をすることができる旨主張するところ、同条項によって保険金受取人が法定相続人に変更されたものとされるのは、同条一項により保険契約者が保険金受取人を変更することのできるまでの間、すなわち、被保険者死亡前に限られるから、保険金受取人の地位は被保険者の死亡により確定すべきものである。

したがって、被保険者死亡時には約款第二六条二項の適用は許されない。」

第三  証拠〈省略〉

理由

一古村長一が昭和五七年四月一日被控訴人と、被保険者を長一とし、死亡保険金受取人を妻である古村初子、死亡保険金を四五〇〇万円とし、保険期間を五年とする定期保険契約(本件生命保険契約)を締結したこと、右初子は同年八月二四日に、長一も同年九月九日にそれぞれ死亡したこと、長一の第一順位の相続人である古村忠次、古村永一並びに長一の姉妹で第二順位の相続人である久我タキ、長野スミエ、窪田カツ子、高橋アサ子及び大谷フジ子は、いずれも相続の放棄をして受理され、他に相続人となるべき者がいないため、夏目文夫が右長一の相続財産管理人に選任されたこと、長一は初子の死亡後保険金受取人の指定をしなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二そこで本件の死亡保険金の帰属について判断する。

(1)  本件の生命保険契約は、第三者のためにする契約の一種に属する他人のためにする生命保険契約であるが、本件のように保険金受取人が被保険者より先に死亡したが保険契約者によって保険金受取人の再指定がなされなかった場合の保険金受取人については、商法第六七六条二項の規定があるけれども、本件においては、定期保険普通保険約款(成立に争いのない乙第一号証、以下、単に約款という。)第二六条二項に「死亡保険金受取人の死亡時以後、死亡保険金受取人が変更されていないときは、死亡保険金受取人は、その死亡した死亡保険金受取人の死亡時の法定相続人に変更されたものとします。」旨定められているから、右約款の規定が商法の前示条項に優先して適用さるべき関係にある。

その結果、保険金受取人の地位は、当初保険金受取人として指定された初子の死亡した昭和五七年八月二四日当時その法定相続人であった長一、忠次、永一が原始的に取得(長一については、自身を受取人とする保険契約になったと解すべきである。)するとともに、民法第四二七条の規定により平等の割合(各三分の一)で保険金請求権を取得したものといわなければならない。もっとも、約款第二六条一項には「保険契約者またはその承継人は、保険金の支払理由の発生前に限り、被保険者の同意を得て、死亡保険金受取人を変更することができます。」と規定されているから、保険契約者またはその承継人は保険金の支払理由の発生直前まで保険金受取人を変更することができ、その変更によって保険金受取人の地位を覆滅することができるから、その意味において、長一ら三名の取得した保険金受取人の地位は浮動的なもので、いわば一種の解除条件付のものであり、また保険金請求権も、保険金支払理由の発生を停止条件とするものであることはいうまでもない。

この点について、被控訴人は、約款第二六条二項の規定は商法第六七六条二項の規定を変更したものではなく、右商法の規定の趣旨に則りこれを明確にしたものに過ぎないとして、保険金受取人が保険契約者死亡前に死亡した場合の保険金受取人は、その保険金受取人の相続人のみに限るべきではなく、相続人の相続人もしくは順次の相続人で、保険契約者兼被保険者の死亡当時生存する相続人をもって保険金受取人とすべきであると主張する。なるほど、商法第六七六条二項の規定と約款第二六条二項の規定は、いずれも保険金受取人が被保険者でない第三者である場合に関する規定であって、保険金受取人が死亡した後保険金の支払理由が発生するまで、保険金受取人の指定、変更がなされていない場合に保険金受取人を定めている点においては差異は存しないが、前者が「保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人ヲ以テ保険金額ヲ受取ルヘキ者トス」と規定しているのに対し、後者は「死亡保険金受取人は、その死亡した保険金受取人の死亡当時の法定相続人に変更されたものとします。」と規定しているから、保険金受取人の決定について、前者が被保険者死亡時説に立ち「保険契約者兼被保険者の死亡当時生存する相続人」と解すべきものであるとしても、後者は「保険金受取人の死亡時の法定相続人」と断定的に規定し、もって保険金受取人死亡時説によることを明らかにしているのであるから、これを被控訴人の主張するように、「保険契約者兼被保険者の死亡当時生存する相続人」と解することは文理上からも困難である。もっとも、この点については、被保険者より先に保険金取人の相続人が死亡すると、その相続人の取得した分について右約款の規定が適用(二段階適用)される結果、被保険者死亡説を採用した場合と結果において変りのない場合もあるが、本件においては、後に説示するように、重ねて右規定を適用する余地は存しないのである。要するに、約款第二六条二項は、商法第六七六条二項の趣旨に則りこれを明確にしたに過ぎないものとは解せられず、従って、本件の死亡保険金受取人を定めるに当たっては、約款第二六条二項の規定が商法第六七六条二項の規定に優先して適用されるのであるから、右商法の規定についての解釈論をそのまま右約款の規定の解釈に導入することは許されないのである。

なお、被控訴人は、保険金受取人が死亡した場合、その死亡当時の法定相続人に保険金受取人が変更されるとするなら、本件における保険契約者兼被保険者の持分は相続財産に帰属することになるが、そのような結果を是認することは、保険契約者が意図した自己の被扶養者その他特殊の関係のある者に対する補償の趣旨が減殺されると主張する。たしかに長一が本件生命保険契約を締結するに際しては、妻である初子の長一死亡後における補償を意図して同女を保険金受取人に指定したものと考えられるが、初子の死亡後は同女に対する補償の必要がなくなったのであるから、長一としては、約款第二六条一項によって補償を必要とすると思われる者を保険金受取人に指定することもできたのにかかわらず、その指定をなさなかったのは、約款第二六条二項の定める者に対する補償をもって足れりとしたものということができるから、被控訴人の右主張も失当である。

(2)  前示のとおり、本件生命保険契約の保険金受取人であった初子が死亡した昭和五七年八月二四日その法定相続人であった長一は、忠次、永一とともに、浮動的なものではあるが保険金受取人の地位を原始的に取得し、同時に保険金支払理由の発生を条件とする保険金請求権を三分の一宛取得したが、右保険金請求権はそれ自体財産的価値を有するものであるから、相続財産から除外すべき理由はないと解すべきところ、同年九月九日被保険者たる長一の死亡によって同人の保険金受取人の地位は確定し、同時に保険金支払理由が発生して本件死亡保険金の三分一の請求権も具体的なものとなったというべきところ、長一の第一順位、第二順位の相続人がいずれも相続の放棄をし、相続人となるべき者の存しないことも、前示のとおりであるから、本件死亡保険金四五〇〇万円の三分一、即ち一五〇〇万円の請求権は、法人としての長一相続財産に帰属するに至ったものといわなければならない。

被控訴人は、長一死亡の時点で約款第二六条二項が適用されるから保険金受取人は結局忠次及び永一に変更された旨主張するが、前示のとおり、保険金受取人として当初指定された初子の死亡に基づき約款第二六条二項の規定によって保険金受取人となった長一の地位は、被保険者たる同人の死亡によって確定し、その後更に右約款の規定を適用する余地は存しないから、被控訴人の右主張も採用することができない。

三そうすると、被控訴人は、控訴人に対し本件死亡保険金のうち一五〇〇万円及びこれに対する保険金支払理由の発生した日の翌日である昭和五七年九月一〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金支払いの義務ありといわなければならない。

四よって、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと結論を異にする原判決は失当であるから、原判決を取消して控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長久保武 裁判官諸富吉嗣 裁判官鎌田義勝)

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